「コント」が「キング」になるかもしれない日〜『キングオブコント2015』前夜


「ジャングルポケットがKOC決勝!? どれだけ良いネタ作ったんだろうか!」と驚きつつもボーッとしていたら、「あっ⋯⋯」という間にKOC前日でした(池波正太郎的な「あっ」の使い方)。

「前回の視聴率が低かったから、今回は知名度の高い芸人を選んだんだろう?」という声もありますが、そんなことはどうでもよく、藤崎マーケットが決勝に出れたことの俺はアツくなったというか、まあ本気で応援します(笑・昨年のR-1の彼らがすごい印象的だったんですよね)。


しかし、今回はそんなこともブッ飛ぶくらいのニュースがありました。

それは、審査員の一新です。まだ知らない人は、まずは下のニュースを。

『キングオブコント』“大改革”審査員に松本人志、バナナマン、さまぁ~ず ネタ順も決定 | ORICON STYLE

それで、決勝の始まる前に、この審査員の交代がどれだけ大きなことか書いておきたいと思いました。

微妙に長いので結論を先に載せると、「漫才」と「コント」の力関係について大きな影響を与えるんじゃ? という話です。

王冠を、漫才からコントへ

まず、今回の審査員の話をする前に、あらためて『M-1』のことを考えておく必要があります。

松本人志という権威について

拙記事で恐縮ですが、「THE MANZAIはM-1を殺した―中川家から博多華丸・大吉まで」を引用させてください。これからの話は、これを前提としています。

結論からいうと、M-1は「権威」と「批評性」を打ち出しながら、同時に「物語=歴史」を積み重ねることで、モンスター級のポップさと裏読みの可能性を持った番組として、2000年代のお笑い界に君臨しました。

M-1の「権威」というのは、賞金と審査員のことです。1000万という破格の金額が一夜にして入ってくる。さらに、それらを審査する人間の中に、「松本人志」という日本のお笑いのカリスマがいる。

松本人志は、1989年生まれである26歳(私です)にとっても、1979年生まれである36歳も、1999年生まれである16歳にとっても、「日本のお笑いのトップ」だというイメージが強くあります(2009年生まれの6歳は違うかもしれません)。

松本人志が笑うものは、自分も笑わなければならない。松本人志が認めた芸人は、自分も(センスがあるならば)認めているはずだ。このような思考は、それなりに一般的なものでしょう。

なので、どのような賞レースでも、そこに松本人志がいるといないではその権威に大きな違いが生まれます。チャンピオンにつく「箔」がまったく異なるのです。

それは『THE MANZAI』のことを考えれば納得できるかもしれません。

パンクブーブー、ハマカーン、ウーマンラッシュアワー、博多華丸・大吉。『THE MANZAI』に優勝したことがキッカケで大きな人気(と権威)を得たコンビは、私の感覚ではいません。

それぐらい、「松本人志が審査員にいる」ということは、重要なことなのです。

5年の歳月を経て、権威は移動した

2010年に『M-1』が終わり、権威は5年の間、宙に浮いていました(この5年間で、『M-1』は『THE MANZAI』に殺されてしまったのだ、というのがさっきの記事です。後述しますが)。

そして2015年、松本人志が『キングオブコント』の審査員席に腰を下ろすことになりました。

大袈裟に聞こえるかもしれませんが、このことは、『M-1』にあった笑いの権威が『キングオブコント』に移動することを表している、と考えています。

ザックリと言えば、お笑いの王冠を「漫才」から「コント」へと移そうとするチャレンジが始まりました。

欲望される「コントの復権」

なぜ2015年にこんな事が起こったのか?

もう少し経たないとわからない事ですが、おもに芸人側から「コントの復権」が欲望されている、という仮説を考えることはできます。

3つのコント番組

「コントの復権」について、3人の芸人を挙げたいと思います。松本人志、志村けん、内村光良です。

彼らは皆、自分のやりたいコント番組をここ5年の間に始めています。(※1)

松本人志は、まさに『M-1』が終わる2010年から2012年にかけて、『松本人志のコントMHK』を作りました。

志村けんは、『となりのシムラ』という番組を、2014年の12月に第1回を、そして今年の8月に第2回を、それぞれ手がけました。

内村光良は、この3人の中でもとりわけ熱意を持ち、『LIFE!〜人生に捧げるコント〜』を精力的に続けています。初回は2012年9月。そして2013年からは毎年放送されています。(※2)

どれも高い視聴率を叩き出すことはありませんでしたが、これが逆説的に「芸人側がコントをやりたがっている」ことを説明することになっています。

《芸》と《能》の狭間で

とはいえ、なぜ芸人がコントをやりたがっているか。そろそろ妄想性が増してきましたが、お付き合いいただければ幸いです(笑)。

私が考えるに、漫才は自身のキャラクタを打ち出す必要がある(ネタ中とフリートークでキャラが違うことはNG)一方で、コントはそのような必要がない。ということが一つの理由です。

この件を考える度に思い出す話がありまして、「バナナマン設楽「コントの人は二度売れなきゃいけない」 – 笑いの飛距離」から引用させていただきますが、

設楽「これでもね、本当ド裏の話で、これ別にポッドキャストで言うことじゃないかもしれないけど、俺ね、コントの人って……よくさ、大阪の人は二度売れなきゃいけないってあるじゃん、コントの人って二度売れなきゃいけないんだよ
児嶋「本当そう思う」
設楽「漫才師は、そのまんまのキャラクターというか人間性を出せるでしょ、今のテレビって本質の人間の面白さみたいなところがあるじゃん、だけど、コントの人って演じてる自分を見せて一回名が通ったら、そっからもう一回その個人の、どういう人間かを知らしめなきゃいけないじゃん」

この時点では、「コントで売れることがある」という前提が置かれていますが、現在はこの前提すら崩れ始めています。

「そのまんまのキャラクターというか人間性を出せる」番組がウケる時代に、「演じてる自分を見せ」る番組は減り、その必要は薄れていきました。

これ、私がずっと考えていることで、また拙記事で恐縮ですが「「うるせぇ。バラエティは《芸》でなく《能》の時代なんだ」という想像」から引用すると、

《芸》=「努力して身につけた力」
《能》=「努力せずに身についていった/もともとついている力」

[…]

で、何が言いたいかといいますと、序文通り、2015年現在は「努力せずに身についていった/もともとついている力」=《能》を持っているタレントが求められているだろう、ということです。

上のように考えたとき、《芸》の範囲にあるコントは求められていません。

で、これが苦痛に感じる芸人もいた。とりわけ大御所と呼ばれる上述した3人は、この状況に対してそれぞれ一石を投じました。

『M-1』は2度死ぬ

この後の話は、明日のキングオブコントが終わってから考えることにしましょう。章のタイトルは、ヒントというかメモみたいなもんです。

とりあえず、「漫才」と「コント」の力関係について大きな影響を与えるんじゃ? という話でした。こねくり回し過ぎですかね(笑)。

まずは明日の放送を待ちたいと思います。

藤崎マーケット優勝してくれー!

(※1)どれもNHKで放送されていますが、このことについて、ここでは考えません。「NHKは予算があるんだよ」とか以上に、もっと大きなことが要因にある気がしています。

(※2)先日、シーズン3が終わりました。シーズン4があることを心より願います)


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