2度目の再インストール / テラスハウス

2020年4月7日、火曜日。

午前中に配偶者がグズったのを鎮めたあと、そのまま起きっぱなし。家電量販店のスタッフが家に来てくれて、食洗機の導入について見積もりをしてもらった。恐縮してばっかり。

昼はマクドナルドでテイクアウトをした。ちょっと買っただけなのに1000円もしたので驚き。まだハンバーガーが70円ぐらいだった時代に生きていたが、今日をもって更新することにしよう。こうして大人になる。


MacbookProのデータがちょっと溜まってきたので再インストールを実施。2ヶ月半ぶり2度目。

前回やったことをリスト化したり、インストールするアプリケーションは brew cask install でまとめたり、それらをシェルスクリプトにしたりと、かなり工夫をしたので一瞬で終わる予定だった。しかし始めてみるとCatalinaになった影響で、シェルがbashからzshに変わったことが大きく影響し、かなり時間をくってしまった。

とくに .bash_profile などを .zshrc などに載せ替えるのが大変だった。プロンプトの書き方も変わっていたようで、見様見真似ですこしずつ改修をしていった。というかまだzshの使い方がわからない。

そんな感じで最初につくった「再インストールバッチ」の大部分を編集しながら再インストールをしたので、完了直後に思い切って再度インストールを実施してみた。今度は思い通りに1時間程度で終わり、実際の作業は数分で環境構築ができるようになった。このブログも昨日と同じ感覚でかけるし、Pythonもnodeも好きなバージョンを選べる。非常に大きな一歩だと思う。

配偶者が『テラスハウス』を見ていたのが視界に入ったので、なんとなく一緒に見た。

「テラハ」は正直に言ってもう役目を終えたと思う。なんて書くと「バチェラーに負けたのか」と受け取られるかもしれないので説明するが、ジョブ理論に照らし合わせれば間違いなくインスタやYoutubeの「モーニングルーティン」に負けたのである。

テラハもそれを薄々感じているのか、「男女のオシャレでヘルシーな共同生活」を押し出すのではなく、むしろ「生活感」を出すようにシフトした。すごい雑に言えば「シェアハウスあるある」へシフトしているのだと思う。

なんでそんなことになったのか。端的にテラスハウスに「憧れ」を投影する人が減ったからだろう。憧れの人生、恋愛、暮らしはインスタに取って代わった。たとえばさ、あそこに出てる男女に「テラスハウス出演権」と「インスタのフォロワー○万人増加」のどちらを選ぶか聴いてみたらいい。

ちなみにバラエティ的な面白さはバチェラーと「オオカミ君」にとられたことも書いておこう(名前うろおぼえ。調べたら『オオカミちゃんには騙されない』でした)。そんなわけで、テラスハウスは僕にとっては南キャン山里のワードセンスを楽しむ番組になっていた(それで面白いんだからビックリする)。

そしてそんな中でひとり奮闘している木村花選手に強いエールを。どんな相手でもロックアップから始める姿勢、攻めも受けもきっちりやりきる覚悟。それらは私が今日唯一学んだことだ。