プロフィール

コボリアキラ(kobori akira)
ラッパー、トラックメイカー、DJ、ライター(音楽またはテレビ関連)

about

1989年1月6日、「最後の昭和生まれ、最初の平成生まれ」。

「補正機能時代の日本語ラップ」をテーマに、『contact』、『headphone magic』、『who’s dope?』を発売/発表。
DJ活動では、オーバーグラウンドのヒップホップとJ-POPを主にプレイする。

仕事は、算数・数学のテストや教材をつくる編集プロダクションで2年半ほど働き、2014年末に退職。
その後フリーライターを少しカジるも、現在はエンジニアに落ち着く。

好きな野球チームは、東京ヤクルトスワローズ(つば九郎推し)。
好きなNFLチームは、グリーンベイ・パッカーズ(B・J・ラジとアーロン・ロジャーズ推し)。

年表

※少しずつ書き足していきます。

幼少期

1989年1月6日生まれ。この年は昭和64年と平成元年にあたるため、「最後の昭和生まれ、最初の平成生まれ」と自称することになる(昭和64年は1月7日まで)。
2001年。それまでは公文塾で算数・数学を勉強するかゲームをやるだけの子どもだったが(最終的に高校レベルの関数を解けるようになる)、m-flo「come again」に衝撃を受け、家にWindows95とISDNがあったことから、フリーソフト「cherry」を使用して作曲を開始。自身のサイト(メダロットの攻略サイト)のBGMとして使い、いまも続く無言の評価を獲得しはじめる。

中学時代

2002年。いわゆる「中二病」のこの時期、ヒップホップ映画「8mile」に触発されてラップの作詞を開始。ネットラジオもサイト内に開局し、西川貴教のオールナイトニッポンを真似て、一部の身内と楽しむ(番組はワンクールも続かずに終了)。

高校時代

高校3年生。ターンテーブルを買ってもらったことから、高校の3年間のほとんどを楽曲製作と100円レコードの購入にいそしむ。また、「昼飯用にもらった500円をまったく使わずにレコードを5枚買う」ことを通じて、いまの体型となる。

大学時代

2009年。アルバム『contact』を発売(iTunesやamazonで購入可能)。「補正機能時代の日本語ラップ」をテーマに活動する。
2011年。ミニアルバム『headphone magic』を発表。また、この頃からDJ活動をスタートさせ、オーバーグラウンドのヒップホップとJ-POPを主にプレイする。

以降

2012年。アルバム『who’s dope』を発表。一部のリスナーから評価を得る。また、新宿OTO(現在は渋谷に移転)で「culturemilk」を企画したり、自身のw-inds.好きが高じて、w-inds.オンリーで4時間DJをする「w-inds.BAR」をファンと企画。WOMB LOUNGEで100人を越えるファンと「TOUCH THE SKY」を熱唱したりする。
2014年。生活スペースを恵比寿に移動。もっとも近いスーパーが三越であることに震え、生活スタイルを見直すことになる。また自炊をスタートさせ、その楽しさに目覚める。
2015年。アルバム『私、部屋、ブルース。』を発表。キューバ音楽にどっぷり浸かり、ラップ以外の「演奏」にも手を出す。これまで録音芸術としてのみ音楽に関わっていたが、とたんにライブ欲が出ているこの頃。