koboriakira.com

衝動性というのは恐ろしい。私はどちらかというと計画が好きな人間ではあるが、決まった通りに過ごすことは苦手だ。その日は日曜日だったが、やりのこした仕事が残っており、ジョナサンでそれらをこなしていた。

キッカケは東京女子プロレスの名古屋大会だ。メインイベントは荒井優希遠藤有栖。かなりの名勝負だった。上福ゆみ&原宿ぽむのタッグも素晴らしく(なぜ私が2人のファンなのかよく理解できる入場だった。エントランスに合わせて一方は音楽にガッツリ乗り、もう一方は一切気にせず歩いていた。前者はかわいさの、後者はエレガンスの、それぞれの最高峰がそこにあった)、正直に言って「名古屋に行けばよかった」と悔やんでしまったのだった。

行かなかった理由はひとつで、さすがに2,3万も払って遠征するのはまだ早い気がしていたからだ。しかし「名古屋ってもしかしたら格安で移動できるのかしら」と思い立ち検索してみて、いろんなYouTuberの動画を見たりしているうちに、ふと発想が飛んで「このまま熱海にでも行くべきである」と直感が突き刺さったのである。


衝動性というのは恐ろしい。この時点で17時を過ぎていたが、そのあとの行動は早かった。スマートEXの新規登録をして自由席の切符を押さえ、残り1室のビジネスホテルを予約しながら品川駅へ。こだまに飛び乗ると、到着するまでの40分間で「熱海 夜」の検索結果とGoogleマップをにらみあいながら巡りたいコース(どのお店に行く、ではなくて、どのあたりの道を歩くか)を決めた。

残りの時間はビールを飲んでビーフジャーキーを食べて過ごす。このとき、今日はなぜからくのボトルキャップを持って出かけたことに気づく。精神分析などを待つ必要もなく、出かけた時点で私は新幹線に乗ることを無意識で決めていたのである。

熱海の到着は19時前だった。しかしすでに周辺はほとんど閉まりかけている(飲みながら聞いたり調べたりしたことだが、いまの熱海旅行は昼の間に巡って夜は素泊まりのホテルの中で酒盛りするのが一般的らしい。後述される飲み屋はほとんどが地元の人で埋まっていた)。最高の展開だ。ビジネスホテルにチェックインすると、熱海プリンの看板を横目に、熱海駅から来宮駅方面へ、それからひたすら歩く。

思い出したが、そもそもは「最近”たっぷり歩く”ってやってなかったし、一度やるか」と考えていたことも、この旅行の一因だ。一人でどこか遠くへ行くことの最大の強みはここにあって、誰にも気を遣わずに好き放題、2時間ぐらいは歩きつづけた。おかげで熱海には結構詳しくなった。たとえばGoogleマップで表示される最短経路はアップダウンが考慮されてない。


衝動性というのは恐ろしい。もう時間も21時過ぎで、歩く中で気になったお店もラストオーダーで入れなくなっていた(正確にはラストオーダー30分前ぐらいだった。ただこれは自身の悪い癖だけど、一見が一人で入っても断られるか、あまり良い扱いにならないだろうと推測したのだ。21時ぐらいに一人で来た客が落とす単価っていくらよ? みたいな)。というわけで、歩き回った中で夜もやってるお店を思い出し、そのなかで気になった店へ入ることにした。

酒場ネコノヒトクチ@熱海居酒屋という名前のバーは、土地柄おそらく地元の人が結構通うタイプの店だったのではないかと思う。ちょうどカウンターが空いていたので座らせてもらい、ビールやサワー、地酒を飲むことにした。

最近一人飲みで大事かもと感じるのは「はしゃがずにタイミングを待つ」ということである。「いやー今日はじめて熱海に来ましてね。夜は意外と閑散としててビックリしましたよ! 今日はせっかくだから色々と飲み歩いてみたいんですが、どこか他に良い店あります?」と仮に思ったとしよう。言う必要はないが、もし言いたいとしてもこれはかなり後半にすべきだ。そうではなく、喋りたくなさそうなオーラを出さないようだけ気をつけて、あとは好きに飲んでいればよい。しかるべきタイミングでお店のほうから声をかけてくれたりする。

しかし今回は想定通りには行かなかった。マスターではなく隣に座っていた陽気な観光客が最初の話し相手だったからだ。

「西川口でガールズバーの仕切りをやってるんすよ」と自己紹介したその男性もどうやら熱海に来るのは初めてだったらしい。ちょっと年下の恋人といっしょに来ており、たぶんこの文章を読んだイメージ通りの見た目をしている。一人飲みで大事なのは、ぽむちゃんとかみーゆの歩き方の中間でいること、つまり相手のリズムに完全に合わせることなく、かつ無視するわけでもない、その間をウロチョロすることだ。「アニキも初めてっすか? こっちは熱海に来たらまずプシュッとやって」と何度も繰り返すそのリズムにうまくフローさせる。太鼓の達人ではない。フリースタイルの乗せ方だ。

すると一人常連客がやってきた。どうやらその人は上述の陽キャの店でバイトしていたらしく、もともとその人がこの店を紹介したらしい。たまたま隣になったので、いろんな話を聞いた。熱海にたまたま越してきてからもう20年経つこと、東京に戻ることも検討したが飼っている猫を考えるともう引っ越せないだろうと思っていること、次に行ったほうが良い店のこと(ここではじめて欲しい情報が手に入る)、気になっていた山田湯はぜひ行ったほうが良いことや、洗髪料なんて払っている人はいないこと。


衝動性というのは恐ろしい。店をあがった我々は、そのままオススメされた近くのミックスバーであるBAR69に入ることになった。たぶん23時前だったはずだ(上述のお店のラストオーダーが22:30だったから)。

見取り図盛山と柄本佑にそれぞれ似たスタッフに接客してもらいながら、件の彼らといっしょに歌ったりした。私はいつも通りに「恋」を歌い、柄本佑は(もっと似てる人がいるはずなんだけど、その俳優の名前が思い出せない)いっしょに踊ってくれた。

ここから一気に文章の内容は衰退していく。


衝動性というのは恐ろしい。次に行った店をどのように知ったのかは正確には覚えてない。

一緒にいた常連客は先に返った。件の彼らが店を知るはずはない。華麗な推理がささやくは、おそらく帰る間際にスタッフに聞いてみたのだろう。常連客が教えてくれたスナック(たしか”かれん”って名前のスナック。漢字表記)に立ち寄るももう人でいっぱいだったので諦め、スタッフが教えてくれたであろう熱海 Karaoke Bar 2F カラオケバー ニエフに行く。

ここは衝撃だった。2時間飲み放題で3000円なのに、デュワーズやらジャック・ダニエルズやら結構なウイスキーが取り揃えてあり、毎度しっかり作ってくれる。もしまた熱海に行くことがあれば、絶対に最後はここに寄るべきだとすら思った。

店内はすでに女性客のグループが2つあり、私はカウンターで彼女たちのコンサートを聴いた。一方はおそらく私と同年代ぐらいで、モーニング娘。の初期曲を多めに歌っていて、もう一方は結構若めですこし前のヒット曲を歌っていた。

すべてが最高に進んでいる。まだ温泉も入っていなければ熱海プリンも食べてない。こんなに最高な旅行があるだろうか。

大阪から来たらしい観光客がこちらに席を移動してきた。酔っ払っていたのか、もともとそういう人なのかを判別つけるほどこちらも理性が残ってなかったが、とにかく訳のわからないことをずっと言っていた。最高の時間ではあったけれど、やはり言語のコミュニケーションができないのではスイングはしない。2,30分すると彼は退室してしまった。


衝動性というのは恐ろしい。そのあともお客が入ってくるので席をズレたりしているうちに、たまたま一人で飲んでいる女性と隣同士になった。自分が店に入った前後からいたような気がする。

なんとなしに声をかけてくれ、そのまま色々な話をする。話の半分ほどは記憶からこぼれ落ちているので正確に記述はできないが、このあたりで暮らしていて「色々あった」ってやつだ。ブラックライトの下だけでなく太陽の下でも美人であろう彼女を見るに、色々あったのも事実なんだろうと察する。あと先に書いておくけどビッコマみたいな展開にはならない。


衝動性というのは恐ろしい。とりとめない話をするうちにそのまま盛り上がり、今度は彼女がよく行くバーに行くことになった。不勉強だがマッチングアプリだったら絶対に乗ってはいけない流れだろう(ぼったくりバーに連れてかれる、という話を読んだことがある)。仕事においては信用はしてはいけないが、プライベートにおいては信用するときは思いっきり信用すべきだ。というより何も考えずについて行った。

このバーの名前だけが思い出せない。というかヒアリングすらできていない。ただそこには先客がいて、それが69の柄本佑だった。そして彼女もホームに帰ってきたのだろう。また違う側面が出てきて、それは今日最初に飲んだ陽キャの彼だった。最高だ。この熱海旅行を締めるにふさわしい伏線回収だと思う。

マジカルバナナで1杯、いまだにルールのわからないゲームで2杯、チンチロで1杯テキーラを飲みつつ、この時間だからこそ通じる言語でお互いに会話をしていた。無理矢理にでも伏線を回収するなら、大阪から来た男は私である。


衝動性というのは恐ろしい。この時点ですでに夜は更け、予約したホテルのチェックアウト時間ももう1,2時間だ。

いつかまた会う奇跡を信じて3人は解散し(LINEのやりとりをするリソースが残ってなかっただけかもしれない)、ホテルへ戻る。

ママに連れられて登園した子どもの具合が悪いかもしれないことをスマホで聞く。スマートEXで自由席を予約して一路品川へ。正午を過ぎる前には帰宅。

日常が戻る。衝動性というのは素晴らしい。きちんと日常に戻ってこられれば、というだけである。


Kobori Akira

IT業界の社会人。最近はプロレスと音楽の話題が多め。
読む価値のある記事は Qiitanote に投稿します。
過去人気だったブログ記事はこちらから。