koboriakira.com

少しずつ閲覧数が増えている当ブログの読者の誰でもいいので、あなたのレコメンドになれば幸いです。ただし、めちゃくちゃ偏ってます(笑)。順位は読みやすさのためにつけたもので、いまの気分です。

1位〜5位まで

1位/Juice=Juice「愛・愛・傘」

これを紹介したいがためのエントリかもしれません(笑)。本当にいつ聴いても、何度聴いても、素晴らしいです。コボリにとってのアイドルソングはこれで完成でOKです。

「ガチ恋」っていうんでしたっけ? 自分がまだ10代だったら、マジでさゆきちゃんに病的なレベルでズブズブだったと思います。 アルバム『FIRST SQUEEZE!』のレビューはこちらから。

2位/w-inds.「I’m all yours」

アルバム『Blue Blood』のレビューや、ライブのレビューなど、好きにご覧ください。

3位/miwa「フィロソフィー」

シンガーソングライターの殻を破り(ファンには悪いですけど初期はほとんど駄作だと思います)、ポップス界に殴りこんだ頃からのmiwaは「素晴らしい」の一言です。

他にも、「super hiroine」なんて、安室ちゃんのお株を奪うような女子応援ソングで、コボリも背中を押してもらいました(なぜ!?)。

アルバム『ONENESS』のレビューはこちらから。

4位/BRADIO「Flyer」

デビュー・アルバム『POWER OF LIFE』より。

BRADIOはめちゃくちゃ聴いた時期がありました。こういうファンクをやるグループって、意外と少ないんですよね。ダンス☆マンとかSURFACEとかね(だからこそコロチキのネタがウケたんだ、とすら思っています)。

「Chocolate Flavor」も名曲です。2016年は一度ライブ見てもいいかも。

5位/アンジュルム「大器晩成」

アンジュルムは、アーティスト全体としては魅力を掴み損ねているのですが、そんな自分でも再デビューシングルにあたる今作は聴きまくりました。

「高速ファンク」というのは『らき☆すた』が既にやっていますが、それに並ぶか追い越してしまうぐらいのクオリティがあります。サロペットの娘に見惚れてるうちに48回ぐらい聴き終えているハズ。

次点

久保田利伸「Loving Power」

アルバム『L.O.K』より。素直に傑作だったと思いますし、ボーカリストとしては唯一無二の存在であることを何度も教えてもらいます。

E-girls「Dance Dance Dance」

E-girlsがEXILEや三代目J-SOUL BROTHERSとは異なる路線を歩みだしたことを表すシングル。いわゆるラグジュアリー系とか生演奏系とかいう感じです。J-POP批評的には、次のシングルがかなり楽しみです。

総論

2015年は、いつもよりも新譜を聴こうとした1年間でした。とはいえ、これぐらいしか新譜が上がってこないところに、自身のオッサン化(笑)。「もうそろそろアーカイブだけで楽しく過ごせるかもー」という気持ちが芽生えたのは事実です。

J-POPに関して注目していることは、ここ数年変わりません。それは「ヒップホップ的なリズムやズレをどれくらい取り入れるか?」です。とくに8分音符のウラにあたる箇所がズレるかどうか、をずっと気にしています。今年もあまり見当たりませんでしたが、もうそろそろポップスにもS.L.A.C.K的な、Budamunk的な、Olive Oil的なものが混じり始めるんじゃないかな〜、なんて思ってます。まだ高レートですが(笑)。


昨年のまとめが良い按配にアクセス数を稼いだことに気を良くして、今回もそれにあやかるエントリです(なんて直接的!・笑)。

とはいえ、M-1が完全に死んでしまった後(初訪問の方は2014年のTHE MANZAI評2015年のM-1評をご覧ください)、『おもしろ荘』がネクストブレイク芸人を紹介する番組になっていることは事実です。であるならば、記録としてまとめる必要はあるかもしれません。

というわけで前置きはここらへんにして、どんどんクリップ。コンビ名と動画をひたすら紹介していきます。こちらのカテゴリでは、もう少し踏み込んだ批評も書いたりしているので、お正月なのにヒマでしょうがない!という方は是非。

優勝から3位まで

ネルソンズ(優勝)

鶏あえず(2位)

(ネタ動画はなし)

ZAZY(3位)

その他出演者

ダイタク

http://www.7japanmovie.net/video/32387/-m-1-2015-/ (「M-1グランプリ」2015年の準々決勝ネタ。)

脳みそ夫

ベビーシムズ

(動画なし)

やさしい雨

尼神インター

ホタテーズ

ガール座

後記

ザーッと見てスゴいと思うのは、選んでくる芸人に「おもしろ荘」の視点がちゃんと入っているところです。さらに、その中でちょこちょこ文脈を作ってるあたりもニクいというか、番組としてちょっと好きになっちゃいそう(笑・最初はちょっとだけ嫌いでした。ごめん)。

あと、2015年のM-1予選からダイタクがかなり好きになってます。今回は引っかからなかったけれど売れないかなー!


お詫び(でも誰に対して?)。

M-1が終わってもう3週間も経とうとしていますが、正直なところ「全部わかってた」という気持ちと「まったくわからない」という気持ちが共存したまま年末を迎えています。そんなわけで、まだ記事が書き上がっておりません。口頭ではある程度喋れると思うので、明日28日(月)21時からの「おしゃべりオムライス」の生放送をお聞きください。多分楽しいです。

USTREAM: おしゃべりオムライス

以下のコンテンツは、まだ書いている途中です。ですが、ラジオ視聴者の方がより面白く聞ければ、と思い、とりあえず公開しておきます。まあ、そういう程度の執筆・校閲レベルです(笑)。恐れ入りますが、ご容赦いただければ。

・ ・ ・ ・ ・** 「優勝は ⋯⋯、トレンディエンジェル!!!!」

今田耕司の口から優勝コンビの名が発せられたとき、とうとう、本当に、M-1に別れを告げなければならないことを私はさとりました。


THE MANZAIはM-1を殺した」というエントリを書いてから1年が経ちます。

『THE MANZAI 2014』で博多華丸・大吉に負けたトレンディエンジェル(※)が『M-1グランプリ2015』で頂点に立ったことは、私の見立てを図らずも証明し、さらにひとつの句点を与えました。

昨年同様、今年も長いので、結論から書いてしまいます。

00年代のモンスターコンテンツ『M-1グランプリ』は、自身の冬眠中に牙を抜かれ、すっかりあの頃の姿ではなくなりました。

具体的に変わったものを列挙してみましょう。松本人志や男性の声などに象徴される《権威》の消失。『THE MANZAI』によって再教育された視聴者やインサートされる審査員の笑顔によって薄められた《批評性》。煽りVTRが無くなったことによる《物語》の断絶です。

では、M-1が《権威》と《批評性》などを捨ててまで(捨てさせられてまで)得たものは何だったのか。 それは、《おもしろさ》です。

「お前、いよいよトチ狂ったか?」と思われるかもしれません。しかし、今年のM-1は上述した「らしさ」を失っても《おもしろさ》だけはあった、という感覚は共感していただけるかと思います。《権威》と《批評性》と《物語》を捨て、《おもしろさ》を得た。今大会が『THE MANZAI』とどう異なるのか、私にはわかりません。

そして、その中でトレンディエンジェルが優勝した。これはとても大きな意味を持ちます。そもそも、トレンディエンジェルは、『THE MANZAI 2014』の準優勝コンビです。私の見立てを進めるならば、博多華丸・大吉によって一度殺害された『M-1』が最後の力を振り絞って立ち上がるも、後続のトレンディエンジェルに再度殺害された、とも言えるかと思います。

今年の大会によって、私たちはもう「あの頃」の興奮や失望を味わうことができないことを痛感しました。しかし、繰り返しになりますが、これを「笑いながら痛感」しているところが重要です。「おい、あの頃のM-1を返せバカヤロウ!」と声を挙げている視聴者(ネット住民)をまだ見つけていません。

私たちは、ある種、自らこの状況を選び、納得しているのです。

---では、一体、今年のM-1は何が変わったのか? なぜ変わったのか? 今後はどうなっていくのか? ここら辺の妄想を、キーパンチできる体力のある限り、一気に書き上げていきます。もはや「お笑い批評」なんてダサすぎの極地ですから、以降は好事家との話のネタになれば。

まずは、上戸彩の話から始めましょう(おっぱいの話じゃないよ)。

「審査員」の不在

「歴代王者の皆さん、点数をお願いいたします!」と、上戸彩は審査の前に必ず言いました。 重要なのは、彼女が 「審査員」という言葉を意図的に使わなかったことです。表面的には小さな変化に感じるかもしれません。しかし、その影響はかなりデカい。

なぜなら、彼女の言葉は今年のM-1に「審査員」という存在がいないこと、つまり、 今年のM-1に《権威》が無いことを象徴するからです。では、なぜ過去のM-1には権威があったのでしょうか?

王冠が権力の象徴であるように、M-1も何かしらの象徴を持つことで権威を示していました。それは **「松本人志」**です。松本の唸る表情とそれがゆるむ瞬間、それこそがM-1に権威を与え続けていました。

しかし、今大会に松本の姿はありませんでした。松本人志の不在は、単純に審査員が1名抜けた訳ではなく、M-1が持っていた権威がまるっと消えることに繋った、と思っています(この話、ラストでもう少し展開します)。

「今田耕司が司会の特番」として生まれ変わったM-1

松本人志ら過去の審査員の代わりに審査を務めたのは、これまでのM-1の歴代王者でした。

しかし、彼らはみんな司会の今田耕司よりキャリアが若く、さらに抜きん出たカリスマ性を持ってもいません。松本人志もいなければ、松本人志の代替となる存在もいない。その結果、今年のM-1は過去以上に「今田耕司」が全面に出る大会になりました。

となれば今年が面白かったのも当たり前で、面白かったのは「今田耕司の番組」だからです。『レッドカーペット』という革命的な番組で本当に活躍したのは誰だった?

『さんまのお笑い向上委員会』という深夜の27時間テレビの焼き直しを支えているのは? 今田耕司のいる番組に「つまらない」ものはありません。

ハライチの敗退決定時の今田耕司の発言は、今年のM-1のテーマとも積極的に誤読できるような内容でした。

ハライチ澤部「今田さん⋯⋯、優しいっすね」 今田「俺の司会ね、優しさだけが売りなんだよね」

M-1を研究しきったノンスタ石田とパンブー佐藤の、審査員への同一化

このように、松本人志(島田紳助)から今田耕司へ、という流れがM-1の《権威》を無効化しました(何度も繰り返すかと思いますが、決してすべてを悲観的に見ているわけではありません。一般的に見れば今年は成功です。私が書いているのは、いわば「敗者の視点」からです)。

一方で、これはまったくの小ネタですが、ノンスタ石田とパンブー佐藤の審査コメントが大変面白かったことは記録しておいてもよいでしょう。

彼ら2人は、歴代王者の中でもM-1を研究していました。当時、きっと審査員の気持ちになりきって、どんなネタが評価されるのかを考えたことでしょう。それが現在になって、「過去の審査員(とくに上沼恵美子ですが・笑)への同一化」として現れたのは、驚きながら笑いながら唸りながら、という感じです。発言をメモっておけば、

佐藤「3組目にして、しっかりした漫才が出てきたなと思ったんですけど⋯⋯最近の若手はみんな心に闇を抱えているんでしょうか?(笑)
ただ、いろいろ伏線をを張ったものを後半に回収していくとか、構成も流石だと思ったんで、高得点になりました。」 (スーパーマラドーナに対する審査コメント)
石田「ジャルジャルって、今まで漫才しても「コント漫才師」みたいなイメージだったんですけど、完全に漫才師になってて。今日の出た組の中では一番拍手笑いも多くて、面白かったです。僕ホンマに真面目に見てます、すみません(笑)。いやでも感動しました。理想的な笑いの取り方やなと思いました」
(ジャルジャルに対する審査コメント)

というように、発言者を「上沼」とか「島田」って変えても大丈夫じゃないですか?(笑)

とくにノンスタ石田の口から「感動」という言葉が出たときは本当に驚きました(これ、共感してくれる人がいると嬉しいのですが・苦笑)。

インサートが笑顔

審査員の不在については既に書きましたが、これを更に強める演出が今年はありました(※2)。審査員の表情の抜き取り方です。つまり、ワイプに映る審査員が笑顔だったのです。

これも去年の記事から引用しますが、

2001年のM-1で特徴的なシーンがあります。フットボールアワーの漫才中にサブリミナル的に挿入された、ラサール石井のメモをとる姿です(2:39あたり)。
このシーンは、視聴者にM-1の視聴法を教育したことでしょう。
視聴者はもうバカ笑いするだけの人間ではない。どこが面白くて、どこでスベって、どこで爆発して、どこで間が悪くて、ボケとボケの間の時間はどれくらい長くて、どこのボケが独創的で、どこの手法が新しくて、どれほど会場は温まっていて、前説のくまだまさしはどれくらいウケていたのか、そのすべてを受け取りました。

M-1というのは私たち視聴者が笑うだけじゃない、そこに新しさがありました。

しかし、今年は完全に様相が違った。司会の2人はもちろん、審査員もとにかく笑う。番組としての盛り上がりを優先しすぎでは、と思うぐらいでした。

《物語》の無い、ネタ勝負の大会

審査員が消えた=《権威》が消えただけではありません。私には、M-1の《物語》も消えたように思えました。

結構驚いた演出の変更に、ネタに入る前の煽りVTRの削除がありました。

これによって、これまで嫌になる程見せられた各コンビのドラマ=《物語》が無くなりました。ふつうの視聴者は、彼らがどんなポジションの芸人なのかもわからないまま、つまりコンビの見方を紹介されないままにネタを見ました。

歴史と音楽だけがギリギリで『M-1』を支えた

というわけで、私なりに客観的に分析すれば、今年のM-1はもはや別物です。カッコつきの「M-1」ではありません。 しかし、それでももし「うわー! M-1が帰ってきた!」と思ったとするならば、それは音楽の力と、これまでの大会の歴史の再利用が素晴らしかった、しか言いようがありません。

これまでに説明したように、様々な変化があったM-1ですが、音楽だけはまったく変わっていませんでした。(※)これは、色々と変化があったM-1が「やっぱり変わっていない」と思わせるだけの力を持っていました。

また、番組のオープニング映像は、なんだかんだで感動させるだけの力を持っています。正直あそこがピークだった、という視聴者がいてもおかしくありません。

ただし、これらは今大会を全体から見渡したとき、どうしても「歴史のリサイクル」とでもいうか、「コスれるうちはコスっておこう」みたいな、あまり生産性のある要素ではなかったように思えます。

(※)CM入りのナレーションの声は、男性から女声に変わっています。かなり極論ですみませんが、私はこれもM-1の大きな変化だと思っています。なぜ銀行のATMの画面に出てくる店員が、たいていの自動音声案内の声が、必ず女性なのでしょうか。さあググろう!

M-1以上に重要なファクター

雑多ではありますが今大会の所感です。

おそらく、今年のM-1は大会史上はじめて「おもしろい」と「せつない」がミックスされた大会として記憶されることでしょう。私の見立てでは、歴史が進めば進むほど「あの2015年がキーだったな〜。M-1、ありがとう。そしてさようなら」という流れが形成されていきます。

で、ここからが本題なんですが(笑)。 「あれ? なんか去年の記事とくらべて、読み応えがないな」という方もいらっしゃるのではないか、と思います。それもそのはずで、正直なところ「M-1のことなんでどうでもいい」と思うくらいに、別のことが私は気にかかっています。

それは、松本人志、です。 2010年代も後半にさしかかる頃、彼の「死」にとうとう触れなければならないことを。その匂いをいま感じとっています。

いま、「笑いのカリスマ」は存在するのか?

これは本当に、今から10年ぐらいかけながら皆で考えていく問題だと思うんですけど、えー、うー、いー、 あー、

いまの日本って松本人志にそれほどカリスマ性を感じてません ⋯⋯よね?

上の発言がどれだけ物議をかもすものか、26歳のバカには想像もつかないのですが、切り捨てるほど的を外している想定でもないように思っています。

以下、完全なる妄想ですが(これがどれくらい面白いか、信頼できるかは、コボリの過去の発言からお察しください)、前述した「松本人志の不在によるM-1の《権威》の消失」というのは、実は順番が違っていて、「松本人志それ自体の《権威》が消失しつつあることを嗅ぎとったM-1が、自らこれを手放した」のではないか、とさえ考えています。

M-1の創設には、《権威》が絶対に必要でした。M-1はこれを1000万円という破格の賞金と松本人志という笑いのカリスマを使うことで、一夜にして他の賞レースを圧倒する《権威》を持ったことでしょう。金額の驚きは大会を続けるごとに薄れていきましがた、松本人志の権威は2010年までを振り返ってもまったく色褪せることがありませんでした。

以下、書き途中です。真っ先に、明日28日(月)21時からの「おしゃべりオムライス」の生放送でおしゃべりできれば、と思います。下記リンクよりご視聴ください(急にランディングページみたいになりましたね・笑)。

USTREAM: おしゃべりオムライス


以下、いつも通り長文になるので、結論を先に。 『FRAGMENT』、めちゃくちゃいいから6枚買ってください!

嘘です。1枚で良いから買って愛聴してください。


w-inds.の橘慶太、KEITAの2ndソロアルバム 『FRAGMENT』 が12月16日に発売されます。

w-inds.は日本の男性アイドルグループですが、最近では楽曲面が注目されることが増え、今年の夏に発売された **『Blue Blood』**はファンクをリバイバルしたあたりに、一部の音楽ファン(コボリアキラ含む)は熱狂しました。 (詳しくは、w-inds.『Blue Blood』〜ネオ・ファンクの愛撫は長いほど【けっきょく、J-POP】や、【ネタバレ】w-inds.「Blue Blood」ライブレポと感想(八王子)〜ついに見せた完成形をご覧ください。

そんな素晴らしい音楽を生み出し続けるw-inds.のボーカリストが橘慶太です。で、彼が2年前ほどから進めてるのが、今回のソロプロジェクトです。オフィシャルを引用すると、こうですね。

w-inds.のメインヴォーカリスト橘慶太が2年半ぶりとなるソロ作品をリリース!
KEITA名義のソロデビューを経て2013年6月に発表された1stアルバム「SIDE BY SIDE」以来となるソロミニアルバムを発売!
彩り豊かな表現力や卓越したファルセットが高い評価を得ているKEITAのヴォーカルを存分に堪能できるのはもちろん、今作は、
KEITA自身による作詞・作曲・編曲となる楽曲を初収録。ヴォーカリストとしてだけではなく、クリエイターとしての才能も開花させた意欲作に!
2年半ぶりとなるソロ作品! KEITAミニアルバム「FRAGMENTS」発売! ジャケット写真&収録曲公開! | INFORMATION |
KEITA オフィシャルサイト

KEITA自身が作詞・作曲・編曲している

で、今回のアルバムのウリは、オフィシャルも書くように **「KEITA自身による作詞・作曲・編曲となる楽曲を初収録」**しており、「クリエイターとしての才能」を堪能できるところです。

「作詞」、「作曲」の区分をちゃんと理解する

ところで、自分が中高生の頃なんですが、あまり「作曲」とか「編曲」って言葉を理解している人は多くありませんでした。 とくに、 **「編曲」って何?**って話だと思うので、せっかくですからこの言葉をまとめておきますね。

---作詞(リリック) は文字通り、歌詞をつくることです。たいていは1人で作りますが、複数人で考えを出し合うこともあります。 「アイドルが作詞に挑戦!」ってのはよく見かけますが、だいたいはクレジットにもう一人プロの作詞家が入っているはずです。これは、アイドル本人がベースを作ったあと、表現方法やメロディとの合致などをプロと相談してやってるのだと思います。

作曲(コンポーズ) は、楽曲のメロディをつくることです。誤解しないでいただきたいのは、 「楽曲すべてをつくる」訳ではありません。

わかりやすく言えば、 ボーカルのメロディをつくるのが作曲です。 あなたが鼻歌でフンフン歌えば、それが作曲行為です。

「シンガーソングライター」というジャンルがありますが、これはシンガー(歌い手)であると同時にソングライター(作曲家)でもある、つまり「自分で考えたメロディを歌う人」ってことですね。だいたいは歌詞も考えています。

言い方を変えれば、鼻歌に歌詞をつけて歌えば、あなたも立派なシンガーソングライターなんです。

「編曲」は、音楽制作のキモ

歌詞を書き、メロディをつくれば作詞・作曲はできます。

一方で、そのボーカルの裏で鳴っているピアノ、ギター、ドラム、ベース、トランペット、バイオリン、シンセサイザー、コーラス、などなど。

メインボーカル以外の音をつくるのが、「編曲(アレンジ)」です。

「シンガーソングライターってのは鼻歌に歌詞つければ一応できる」と言いましたが(※お怒りになる前に記事最下部の注をお読みください)、一般の人が唯一できないのが編曲です。なぜかと言えば、編曲には最低限の音楽理論や楽曲の構成、または機材の購入やその扱いなど、多少なりとも学習が必要だからです。

編曲によって、曲の印象というのは大きく変わります。たとえば、ポップスとしてはダサい童謡も、アレンジ次第でその印象が変わります。

アイドルが編曲をする、というおかしな現象(あと、すみませんでした!)

というように、「なんかメロディと歌詞が浮かんだので作っちゃいました!」というアイドルは過去にもいたと思いますが、「機材もガッツリ買い込んで、自分のつくりたいものを作りました!」って人は本当に数少ないです。

そんな訳から、「編曲ってのはプロの仕事だ」ってのが自分の価値観なので、正直に言って、KEITAが初めて世に出すアレンジ曲に対するハードルはめちゃくちゃ低く、

マジな話、慶太作の楽曲についてはクオリティ問わないので(編曲にもいろいろなパターンがあり、もし本当にすべてを慶太がやったら他のプロの楽曲との差が如実に出ます。だからフォローは入っているとは思いますが)、どうか方向性に共感できるものであってほしい!

— コボリアキラ (@kobori_akira) 2015, 10月
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というツイートをして、ご本人からクレームをいただき、見事炎上(笑・KEITAさんのツイートはすでに消されていますので下手な詮索は止めましょう)。逆に言うと、ミジンコみたいな自分に返信するぐらい情熱の入ったアルバムなんだ、ということがわかります。

このツイートでも書いていますが、「編曲」は「メインボーカル以外の音をつくる」ので膨大な作業になります。なので、たとえば、

  • ストリングスは専門のアレンジャーに頼む(よく見られる例です。金原千恵子さんや弦一徹さんが有名ですね)

  • 音のチョイスやセッティングはプロがやる(アレンジャーは譜面を書くような感じ)

  • ミックスは完全に他に依頼(そもそもは編曲にミックスは組み込まれていません。KEITAがこれを自身でやっているのか、すごい気になっています)

みたいに、「編曲」への関わり度合いもアーティストによって異なるんです。というわけで、ここらへんは実際に発売されたCDのクレジットを見ないとわかりません。

(※)ちなみに、私はw-inds.と同様にジャニーズも愛する穏便派なのでご容赦願いたいんですが、KEITAと同じ「全部自分でやるわもう」というタイプに堂本剛がいます。KEITAが大人のソウル・ミュージックをやるなら、堂本剛はドロッドロの泥臭いファンクです。あるいは「みんな宇宙とひとつになろう」みたいな(笑)。堂本剛=ENDLICHERI☆ENDLICHERI時代の傑作『Neo Africa Rainbow Ax』はオススメです。

『FRAGMENT』は、KEITA流の「ソウル・ミュージック」になりそう

というわけで、やっとアルバムに対するコメントに移れます。当ブログのリピーター様におかれましては、いつも通りですよね(笑)。ニヤニヤしながら読んでいただければ幸いです。

アルバム収録曲のうち2曲しか聴けていないのですが(それもラジオの音源)、そこからなんとなく想像するのは、今回のアルバムはおそらく「KEITA流のソウル・ミュージック」であろう 、ということです。 とくにこれは **「Brand-New-Day」**に顕著でして、彼が敬愛(ないしは参照)してるであろうジャスティン・ティンバーレイクを、自分なりに落とし込んで作られています。ボサノヴァのテイストも少し混ぜるなど、新しい取り組みも感じられます(ここはCD発売後に言及しますね)。

そして、何が素晴らしいかって、Cメロ(ブリッジ)が美しいんですよ、この曲。このCメロは会心の出来だと思います。ポップスにおいてCメロの美しい曲に名作多し、です。

もうひとつの「IF YOU WERE MY GIRL」は、きもち遅めのディスコで、w-inds.の流れも感じます。CD音質で全体像しか掴めませんが、とりあえず良曲です。

とりあえず、KEITAがソロ作でもファンクやソウル、ディスコを土台にしていることはわかりました。

---というわけで、CD発売前のため、楽曲に対するコメントができない状況ではありますが、その状況でも既に「買い」であることだけはお伝えできればと思います(笑)。 あと2週間とちょっと。マジで、本当に、文句なく、楽しみです!

(※)重要な補足。この記事では編曲が重要視されるように書いています。しかし実際には、曲の中心を担う作曲、曲が歌い継がれるために必要な作詞。この2つにパワーがあって、はじめて編曲の重要性が問われる。このことは、音楽を愛する人には但し書きとしてお伝えする必要もないことかもしれません。念のため。


中島美嘉さんばかり聴きすぎて頭が爆発しそうなところに、さらに火薬をブチ込んでいこう、の番外編です。

「チック・コリア」の言葉だけでご訪問していただいた方もいるかもしれません。当エントリは連載モノです。前回までの流れは、こちらから辿ってください。

「Tumba Island」を聴いてみよう

まずは、今回の記事の要であるチック・コリア「Tumba Island」を聴いてみたいと思います。ドラマーはヴィニー・カリウタ。ベースはジョン・パティトゥッチ。

2つに分かれていますが、part1のほうだけ載せますね。マウスが勝手にpart2もクリックしていると思います(笑)。

タバコを加えながらのドラミングとかにもグッと来るんですが、まずは頑張って1:22まで聴いてみます。ここまでにリズムが完璧につかめた!

となっていれば素晴らしいです(というか僕よりリズム感が磨かれてます)。

もし1:22までが「???」だとしたら、ここからのピアノに注意して聴いてみてください。ループになっているのがわかると思います。このループを聴きながら、なんでもいいからリズムをとってみます。

そうすると、多分3拍子になっていないでしょうか? リズムを文字化すれば、「○○○○|○○○○|○○○○」で1ループですね。

このようにリズムが取れれば、この記事の半分は終了です。

ドラムからから4拍子を聴き取る

この3拍子に気づいただけでも、あとの5分ぐらいはトランスして踊り狂えるんですが(笑)、なんとか理性を振り絞ってもう一度1:22をリプレイしてみます。

ピアノが入ったところから、ドラマーがハイハットのオープンを打っています。さっきのピアノの3拍子に合わせて聴くと、気持ちのいい一致はしていないように感じるはずです。

そこで、これまでに学習しているクロスリズムを利用してみましょう。さきほどのピアノのリズムを3拍子から拍子に変えてみます。文字化すれば、下のような感じです。

「○○○○|○○○○|○○○○」 → 「○○○|○○○|○○○|○○○」

3連符の4拍子として聴くことができると、だんだんとハイハットを捉えることができます。オープンを●で表すと、ハイハットのリズムは「○●○|○●○|○●○|○●○」となっているんです。

つまり、3連符の真ん中をオープンにしてるんですね。ポップスではあまり聴かないので、いきなり身体にフィットさせるのは難しいと思うんですが、掴めれば極上の気持ちよさがあります。

中島美嘉からチック・コリアを聴く事ができた!

というわけで、中島美嘉の「Love Addict」を聴いている間に、ジャズ界の大物であるチック・コリアを聴く材料がすこし出来てるじゃん! というお話でした。

J-POPだろうが、楽曲に含まれる蜜を余すところ無く吸い続ければ、面白いところにたどり着くね。という話でもあります。 次回からは、「Love Addict」解説で私がつきつづけていたウソを暴露しまして(笑・なんてヒドいブロガーなんだ!?)、ここから一気にポリリズムを学んでみようと思います。


DJ、とくにJ-POP専門のDJにとって、「選曲」は最も重要な要素のひとつです。(※1)

もし、あなたが初めてDJブースに立ち、「何か流せ」と言われたらどうするでしょう。

あなたはとりあえず「自分の好きな曲を、好きな順にかける」ことにしました。これでお客が盛り上がれば、フロアもあなたも皆が幸せです。

実際、これで盛り上がる現場もたくさんありますが、2,3度DJをした方であれば、この方法が通用しないフロアがあることもご存知でしょう。

では、どのように選曲を行えばよいのでしょうか。


というわけで、この記事では、J-POPにおける「選曲」の方法について、ちょっと真面目に考えてみました。 さきに結論を出すと、

「選曲」をするためには<繋がり>を生み出すことが大事だと考えています。

つまり、ある曲とある曲の間に関連性があれば選曲として機能する、というのが要点です。

以下では、<繋がり>を生み出すための3種類の方法を考えてみようと思います。

(※1)主にPCDJの普及によるテクニカル面の重要性が小さく見積もられたことは、これをさらに推し進めることになりました。言い換えれば、機材のおかげでDJingが出来る現在、自身をDJと定義するための材料が選曲だけの人もいるはずです。

本題に入る前に

とはいえ、「お前、とうとうここの話をしてしまうのか。バッシングに耐える覚悟はあるのだな?」って感じもしています(笑)。

というのは、「選曲はDJのセンスに直結している」、つまり、選曲を褒める/否定することは全人格を褒める/否定することに繋がる、という考え方があるからです。この前提があると、講釈垂れる奴が出るたびに「センス無いお前が言ってんじゃねーよ」っていうツッコミが入ります。

自分にセンスがあるかないかは実際にミックスを聴いてもらうとして(※2)、上のようなツッコミを受け入れていると、この記事はここで「投稿」ボタンを押すことになります(笑)。

というわけで、常識のある方には余計なお世話をとらせて申し訳ないですが、以下の内容はそういった暗黙知的なものをできる限り言葉に直したものであり、DJスキルを理論的に統合している訳ではないことをご承知ください。

とはいえ! 充分に面白いとは思います!(笑) (※2)mixcloudなどで聴けます。「おしゃべりオムライス」の12分頃からあたりは、PCDJの面白さがあると思いますのでご興味あればぜひ。

「おしゃべりオムライス」最終回 DJMIX by コボリアキラ

by Akira Kobori

on Mixcloud

ミックスして違和感のないものを選ぶ

選曲の成功を決めるのは<繋がり>を生み出せているかどうか、というのが全体的な結論です。それでは、具体的にどのように行えばよいでしょうか。

まず浮かぶのは、実際に ミックスされるお互いの曲に繋がりを持たせる ことです。この方法は、DJの一番基本的な考え方だと思います。

リズムの一致しているものを選ぶ

DJはお客に「ダンス」させることが第一の目的であり、まずはリズムを崩さないことが特に重要です。

これは選曲でも同じです。いま流れている曲のドラムパターンやハネ感に似ている曲を選んでいけばDJっぽくなるというか、少なくとも現在のiTunesのランダムプレイには勝てます(笑)。

ドラムパターンは色々とありますが、とくに キックとスネアに注意します。

キックやスネアの位置があまりに異なると、ミックス中の違和感が強くなるからです。また、キックが並ぶ「4つ打ち」はワイルドカード的というか、結構いろんなものに合わせられると思います<span class=“note”>(※3)。

「ハネ感」に関していえば、J-POPではヨレたビートのドラムを使うことは少ないので、それほど気にしなくても上手くいくかもしれません。16ビートのいわゆる「裏の裏」の位置を基準に考えれば完璧でしょう。。

ちなみに、同じジャンルの曲がハマりやすいのは、こういったリズムが一致することが多いからですね。

音色の一致しているものを選ぶ

リズムがまあまあ一致している、あるいはあまり一致していないとすれば、次に揃えてみたいのは「音色」です。つまり、ピアノやギターなどですね。J-POPにおいてザックリ言い換えれば、

「バンドか打ち込みか?」 ってことです。

音色の違いは、場合によってはリズムよりも強い違和感を生み出すことがあります。たとえば、きゃりーぱみゅぱみゅからギターロックに繋げようとすると、どうしても「音色的な有り得なさ」みたいなのが勝ってしまいます。うまく使えば面白くなりますが、やはり「ミックスしやすい」とは言えません。

個人的には、 とくにエレキギターに注意しています。

大体アンバランスなミックスになるときは、ギターが邪魔をしています(楽曲のミックスダウンもギターがキモになることが多いですよね)。ロックDJならギター同士をぶつけて無理矢理推し進める手もありますが、自分はなるべくミックスする曲の片方はギターレスな箇所を使うようにしています。

リズム、音色のズレを無視した繋ぎ方(カットイン、ブレイク)

最後に、上記2つとは異なるパターンを紹介したいと思います。 「カットイン」 と呼ばれるテクニックです。A曲からB曲に一瞬でチェンジ!

ってやつですね。 すでに紹介した2つは、2曲が同時にミックスされることを想定していました。なのでリズムや音色にズレがあると違和感を生み出してしまいます。

その点でカットインは心配はありません。普通にミックスするよりは大胆なアプローチが可能になるはずです。

私はPCDJを使っているのでカットインというよりも「ブレイク(切れ目)」がある曲のミックスで、カットイン的な効果を出すことがあります。

たとえば、川本真琴「1/2」の2番目のサビ後はこのパターンです。 サビで盛り上がって盛り上がって、一気に音数が減る!

ので、このあとには静かなイントロから始まる曲をかけたり、ボーカルから始まる曲を使ったりすることができます<span class=“note”>(※4)。

<span class=“note”>(※3)4つ打ちの魔力というか、どんなものも均等なキックの上ではひとつになる感じがしています。一方で、4つ打ちから別のドラムパターンに移行するのが不自然かどうかは、人それぞれでしょうか。自分はちょっと違和感あるので、8ビートに戻すときはディスコ調の曲を挟んで4つ打ち感を弱めることが多いかも。

<span class=“note”>(※4)自分は「1/2」のあとにセカオワの「Dragon Night」をかけたりしたことがあります。ダダスベった#8943;⋯かな。

文脈が浮かんでくるものを選ぶ

というわけで、お互いの曲のサウンド面に注目したミックスを紹介させてもらいました。とはいえ、他のDJのプレイを聴くと、どうもそれだけでは無い気がします。

それは、もしかすると お互いの曲のバックグラウンド、つまり「文脈」のようなもので繋がれてはいないでしょうか。 たとえばこんなパターンです。

グループ化してみる

ジャンルや曲調が異なっていたとしても、そこに何らかの繋がりが見つられる場合、それらはひとつのグループの中にある、と考えられます。

たとえば、最も単純なものとしては「同じアーティストが歌っている」などです。他にも、同じレーベル・レコード会社から発売されているものもありますよね。

他にも、同じドラマやアニメ、映画で使われている曲であったり、同じテーマ(たとえばクリスマスとか)で作られている曲をまとめてみる方法もあります。

マニアックなものとしては、「逮捕歴がある」とか「みんな離婚している」とか(笑)、知っている人は「あっ⋯⋯、もしかして!」と気付くようなグループ化もできますね。

J-POPイベントの中には、こういったグループ化=「縛り」を課したイベントもあります。ミックスの中で、そのような縛りを一部出してみるのも面白いかもしれません。

歴史をたどる

グループ化が横軸的なまとめ方だとすれば、縦軸的なまとめ方、つまり 時間軸による繋がり も重要でしょうか。

例としては、J-POPではあまり見られませんが、たとえばヒップホップをかけた次にオリジナルソース(原曲)をかける、などです。

J-POPの選曲に応用するならば、今かけてる アーティストや曲の影響元(リスペクト)を辿ってみる、というのはアリでしょう。私の場合は、久保田利伸とかにたどり着きます(笑)。

また、同年代が集まるイベントであれば、個人史を反映した選曲も考えてみてもいいかもしれません。自分の聴いていた曲は、同じ頃にお客さんが聴いていたかもしれないからです。

たとえば、高校生だった頃の曲からはじめてみて、少しずつ昔に遡っていき、小学校の高学年頃まで振り返ったことがあります。退行しながら盛り上がっていく、って感じですよね。

フロアの定番曲から考える

縦横の軸から文脈を探ってみましたが、それならば「いまここ」にも注目してみます。つまり、あなたがDJブースから見渡している、そのフロアです。

フロアには独自の空気があります。その空気を読むことができれば、さらなる多種多様な選曲ができるはずです。

具体的には、フロアでよくかかるアーティストや定番曲など。これが掴めれば、その曲を始点として、あとは上述の選曲の中から適切なものを試すことができます。

他のDJを参考することも、この部類に入るでしょうか。フロアにいるDJは等しくヒントを与えてくれます。他のDJのプレイ中にフロアで踊る人のDJingが好きなのも、踊りながらフロアの雰囲気を察知しているからかもしれません。

知名度の高低差に注意して選ぶ

というわけで、まとめてしまえば「楽曲内の情報(=サウンド)と楽曲外の情報(=文脈)を考えるのが選曲だ!」となります。こう聞くと当たり前ですかね(笑)。でも、楽しんでもらえていれば幸いです。

最後に、後者の文脈による繋がりにおいて、とくにJ-POPで起こりがちな、気をつけたいことを書いておきます。

「バカ曲(超有名曲)」から「マイナー曲」への繋ぎには注意する

それはたとえば、 鈴木あみの「Be Together」をかけた後は注意しようぜ!

という話です(笑)。どんな話だよ、ってツッコミが入りそうですが#8943;⋯。

つまり、めちゃくちゃ有名な曲(個人的に、愛をこめて「バカ曲」と呼んでいます)の次曲は重要になることが多い、ということです。

というのは、「バカ曲」をかけると、フロアが一気に沸き立つことがあります。DJにとってはこの上ない瞬間ではありますが、ハイリターンにはハイリスクがつきもので(スベるのもリスクの一つ)、このあとの盛り上がりをどうコントロールすればいいか、意外に迷うんですよね。

もっとも危険な選択は、マイナー曲を次に流すことです。選曲がバチッとハマれば最高なのですが、諸刃の剣のようなもので、私は現場でやることは少ないです。

かといって、同じようにバカ曲をかけ続けるのも実は落とし穴があります。第一に永遠にピークタイムを続けることは不可能ですし、第二に続いたとすればそれはもはやピークではありません。

あまり煮詰められていないので、「バカ曲を流すタイミングに注意しよう」という話でお茶を濁してしまうのですが、仮に流す場合はその後の流れもちょっとイメージしておいてから流すといいかな、と思っています。

おわりに

以上が、繋がりを生み出す選曲について、自分が考えたことの暫定版です。

繰り返しになりますが、今回紹介した3つのパターンはあくまで個人的経験をまとめたもので、すべての選曲技術を統合したものではありません。もしこれが全てであれば、このアルゴリズムを実装したiTunesにDJさせればいい話です(実際そういう流れもあるんですが・笑)。

選曲は、おそらく、入念な準備と一瞬の閃きです。その「入念な準備」ないしは「一瞬の閃き」のためのヘルパーとして、この記事が参考になれば幸いです。

素敵な選曲ライフを!